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連載コラム:三代の興亡はこう解く!

樹門幸宰が様々な事柄や著名人について三代の浮き沈みにフォーカスをしぼった特別稿です。

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第6回 49歳の奇跡

奇跡年齢の話も回を重ね、第6回目となりました。
ご自分の人生における出来事を思い出し、和数で1、4、6、7、9の年齢の時に奇跡が起きていたという事実に驚きを覚えたという方も多いのではないでしょうか。

まずは初めてお読みになる方の為に、奇跡年齢についてご説明しましょう。
「奇跡」とは常識ではあり得ないような神がかり的な出来事によって、一瞬にして人生のベクトルが180度転換する現象をいいます。そして、「奇跡」には、その出来事によってより良い方向へ転換する「正の奇跡」と悪い方向へと転換する「負の奇跡」があります。

では、奇跡年齢の数字とその意味をご覧下さい。

和数とは、10の位と1の位の数字を足した数の事を言います。
例)27歳→2+7=9で和数「9」 58歳→5+8=13→1+3=4で和数「4」

 
和数「1」「6」…スタート・新規・旅立ちの年齢。この年齢で始めたことは奇跡的な結果を得ます。また、「死への旅立ち」という意味もあります。つまり、過去を清算し、この年齢から再出発という意味となります。
和数「4」…他動の奇跡年齢。身内などによって主に凶の奇跡がもたらされます。和数「1」の年齢でスタートを切ったことの答えが出ます。
和数「7」…他動の奇跡年齢。本来、和数「4」に出る予定であった凶の奇跡が、何かが原因して周期を一周遅らせて出ることがあります。
和数「9」…自動の奇跡年齢。執着・完結・転結を意味し、主に凶の奇跡をもたらします。自らが主軸となる奇跡が起こり、対外(社会)的な事柄が本人に及びます。

他にも和数「5」は和数「4」までに残務未処理の事柄があると、和数「1」でスタートを切った対象の結果が出て、主に凶の奇跡がもたらされます。また、本来、和数「9」の年齢で起こるべきものが持ちこたえられずに和数「8」の年齢で出ることがあります。

このように、奇跡年齢の時には負の奇跡が起きるのが普通です。ですが「家三代の興亡」の初代を築く人、つまりは祖父母が困難続きであっても真摯に生きた場合には良い奇跡が起き、その年度から大躍進するようにできています。

和数とは二桁以上の数字の一の位と十の位を足して一桁の数字にしたものを言います。
生数は二桁以上であれば一の位の数字、一桁であればそのままの数字を指します。

私が提唱する「奇跡年齢」では和数取りした年齢に重きをおいています。
なぜなら、生数は同性親系(男性なら父方の祖父、女性なら母方の祖母)、和数は異性親系(女性なら父方の祖父、男性なら母方の祖母)が起点となって発する奇跡だからです。
運勢が異性親系の影響を強く受けるのと同じように、奇跡年齢についても異性親系の影響の方が強いのです。

バイオリズム(一定の周期的な変動)を専門とする占術は多々ありますが、今日に至るまで年齢を和数で捉えてその意味を説いた者は誰一人としていませんでした。

ちなみに、姓名判断にも我が国で最初にこの和数取りを採用して、運勢を解いてきました。
実践に基づいた長年の研究の結果、和数こそが最も運勢を支配している異性親からの遺伝であるという結論に至ったのです。

さて、今回の本題に移ります。
以前、年齢の和数9でヒーローとなった方は年齢の1の位、つまりは生数が9の年齢(19歳、29歳、39歳、49歳、59歳、69歳、79歳)で没するというデータが揃っている、というお話をしました。
この生数9の年齢の中に最も危惧すべき奇跡年齢があります。
では、織田信長を例にご説明しましょう。

18歳(和数9)で家督を相続した信長は、27歳(和数9)の時、絶対的に不利な状況であった桶狭間の戦いで今川義元を討ち取りました。36歳(和数9)の時には当時最強の騎馬軍団と謳われた武田信玄が上洛しましたが、信玄が病に倒れ、直接対決を免れるという奇跡が起こりさらには37歳(和数1)のスタート年齢の時には将軍足利義昭と対立するも、同年、姉川の戦いで背後から攻められ袋の鼠となりながらも浅井長政、朝倉義景連合軍に勝利しました。

つまりは、和数9の負の奇跡年齢の時に、三回続けて正の奇跡、そして和数1のスタート年齢の時にもまた、正の奇跡が起きたのです。

信長には、母方の祖母が人間の尊厳が完全に無視された状態で手も足も出なかった時に積んだ徳が隔世遺伝によって伝わり、幾多の正の奇跡が起こりました。ですが、受け継いだ徳はやがて費えるものです。したがって正の奇跡というのは際限なく起こるものではないのです。徳が費えれば起こる奇跡は自然と負の奇跡へと変わり、人生転落することとなります。

若いうちから正の奇跡に恵まれた信長は、明智光秀の謀叛(本能寺の変)によって人生の終焉を迎えたわけですが、この時の年齢は49歳(生数9、和数4)でした。

49歳という年齢は生数が9の自動の奇跡年齢であるのと同時に、和数が4の他動の奇跡年齢で、和数で見ても生数で見ても奇跡年齢という事になります。

この49歳こそ、人生で最も危惧すべき奇跡年齢なのです。

余談ですが、本能寺の変の時、明智光秀は55歳=和数1、そして豊臣秀吉も46歳=和数1の奇跡年齢でした。二人はスタート・再生・旅立ちを刻む年であったわけですが、光秀は死への旅立ち、秀吉はスタートという正反対の結果になりました。

また、40歳=和数4の奇跡年齢であった徳川家康は秀吉に服従する事となり、その後58歳=和数4の時、関が原の戦いで天下盗りの第一歩を踏み出しました。

奇跡年齢が凶とならずに吉と出ていたという方は必ずや世に知られるような人となります。ですが、あまりにも若いうちから奇跡に恵まれ、徳を使い果たしてしまうのも考え物です。

人間の一生に、ゆりかごから墓場まで一貫して「幸せ」ということは有り得ません。『家三代の興亡』の初代となる人は、人生の前半が“没落”でありながら、後半になって“興隆”するものなので、人生の前半から良い奇跡の連続だった場合は、残念ながら後半は自重しなければなりません。

わが国に17条の憲法をつくって律令国家とした聖徳太子も信長と同じく49歳で没しています。
皆さんも、49歳という年齢の時にはくれぐれもご注意下さい。

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