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連載コラム:名前はこう解く!
樹門幸宰が様々な事件や著名人を姓名学的な見地から解説する連載コラムです。
No.35 2009年大河ドラマ 直江 兼続
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基礎運
| 父方の遺伝<生数> | 母方の遺伝<和数> |
|---|---|
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| 隔離型 タテ系 一差 | 隔離型 タテ系 一差 |
影響運
|
<前先型> 先徳運 <影型> 他力本願運 <後名型> 名望運 |
<後行型> 意図実行運 <総セ型> 三角関係運 <能名型> 名誉挽回運 <総画一型> 生涯凍心運 |
「2009年大河ドラマ 直江 兼続」 樹門幸宰による解説
皆さんは直江重光という人物をご存知でしょうか。
戦国時代、上杉謙信の養子である上杉景勝に仕えた武将で、時の権力者、豊臣秀吉から直属の部下になれと声がかかるも、「主は上杉景勝である」と断ったという、利よりも義に厚い人物であったそうです。
また、上杉景勝を絶対的な主とする主従関係は生涯続きました。
兜に「愛」の文字の前立てで知られる「直江兼続」が生前、最後に名乗った名前が「直江重光」なのです。
私がこれからお話しすることは、純粋な姓名判断で読み解いたものであることをご承知おきください。
兼続から重光へと名が変わったのは、祖父母の代で環境や精神性に何らかの変化があったという事の現れです。
では、どのような変化があったのか、そしてその結果を順を追ってお話していきましょう。
直江兼続の姓名の基礎運は和数・生数共に隔離型タテ系一差です。(兼続は男性ですので母方の祖母の感情のDNAでみます)
タテ系の隔離型には母か曾祖母の代で、姉が別種の子であった為に次女が家を継いだという経緯があります。
長男・長女(第一子)が立たず、次男・次女で継いで来た家系で、家督相続の立場ではない者が家を継ぐ事になった為、親類や世間から白眼視されて失意と屈辱を味わいました。この時の感情のDNAが隔世遺伝して「世間を見返してやりたい」「偉くなりたい」という隔離型が誕生するのです。
隔離型の人は支配を受けたり、束縛されたり、干渉されたりするのが大嫌いな唯我独尊の精神の持ち主で、たとえ社会的に権威あるものであろうと全く敬意を示さず、「それが何だ」と一蹴するようなところがあります。
常に思考をめぐらせ、クリエィティブな発想を駆使して人生に夢やロマンを追い求め、自らが目指す理想郷を作り上げようとする人物です。しかしながらマンネリを嫌い、わざとトラブルを起こすような面もあります。
冒頭でお話した豊臣秀吉とのやりとりは実に隔離型の人物らしいエピソードではありませんか。
ですが、生涯、上杉景勝に仕えたという点については隔離型らしくない、と思われる方もおいででしょう。
これは兼続に「人に尽くす」という影響運、影型が見られることも関係していますが、何よりも最後に名乗った「直江重光」という名前が大きく係わっていると言えます。
直江重光という姓名の基礎運は和数・生数共に上下型連続です。
上下型には祖父母の代で最初か最後の子の扶養義務を怠ったという経緯があります。そのため、隔世遺伝した孫の代では自らが養子境涯となり、他家他人の為に尽くす人生運となるのです。
上下型の人は真面目で実直、忍耐強く、普段はおとなしいのですがいざというときには大胆で果敢な行動力を見せます。
また、養子相であるため、男性であれば婿に入るようになります。
そして、兼続から重光への名前の変遷には特筆すべき点があります。
隔離型からその相性型である上下型へと名前が変わっているのです。
樹門流姓名学では、一人の姓名の基礎運の生数と和数が相性型となっているものを「自活運」といい、物事のすべてを自分で考えて自分で行動する、誰かに頼らずに一人でも生きていける相であると解きます。これは、名前の変遷についても同じように解きます。
名前の変遷から、兼続の祖父母は白眼視されて失意のどん底を味わい、後に何らかの理由でわが子の扶養義務を怠るに至ったということが伺えます。そして、家族や世間から孤立し、誰の助けも受けられない、まさに孤立無援の状態となって辛酸をなめた感情の記憶は、隔世遺伝した孫の代で「一人でも生きていける強さ」を持つ自活運となって現れたわけです。
隔離型の兼続が上杉景勝を絶対的な主として生涯尽くしたのは、後に名前が上下型となる祖父母代の記憶が感情のDNAに記録されていたからであるといえるでしょう。
そして、最後に名乗った重光という名前からは、彼が全ての人に分け隔てなく愛情を注ぐ慈悲深い人物であったという事、そして配偶者と理想的な夫婦関係を築こうとした事も伺えます。
しかしこの名前が絶家名でさらには自活運を持つために、子孫性には恵まれず、実子男子は早世。また娘婿との養子縁組解消などが原因で兼続の死後、直江家は断絶しましまた。
歴史に名を残す人物の多くは兼続同様、生涯に何度か名前の変遷があり、皆、最後に名乗った名前で人生の結果を残しています。
最後に名乗った名前が上下型であった兼続は生涯主君に尽くし、そして婿養子に入った直江家のために尽くし、その功績で歴史に名を残しました。
しかしながら、家系を継続させる事はできませんでした。
良い名前とは「継続する運勢の名前」に他ならず、健康、経済、愛情のどれが欠けても決して「良い」とはいえません。
兼続の歴史的功績は大きいのですが、継続する運勢の観点からはバランスを欠くため、良い結果とは言えないでしょう。














